「あなたの父と母を敬え。これは、あなたの 神、 主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。」出エジプト記20章12節
この言葉はモーセがシナイ山で神から授かった十戒の中の第5の戒めです。この戒めには、神様の特別な約束( あなたの齢が長くなるためである)があります。神様は神が建てられた権威に従うことを望んでおられます。両親には感謝、尊重、助けの気持ちを持つようにと勧めています。
若い頃、教会学校でこの御言葉のメッセージをしている先生が「 神様は皆さんのお父さんやお母さんのように、あなたのことを愛していらっしゃるのですよ」と話しているのを聞いてがっかりしたことがありました。もし神様が私の両親のようならば、私はこの世に望みなどないと思ったのです。冒頭の御言葉は、そうしたらあなたは幸せになり地上で長生きすると続いていますから、私は短命なのだなとも思いました。
この御言葉にがっかりした人に対して、生きる望みを与えてくださる御言葉やメッセージはないのかと長い間待ち望んでいました。「 両親に苦しんでる人はこのように救いを求めなさい」と勇気ある説教をしてくださる人にはなかなか出会えませんでした。しかしインターネットで中川健一先生の聖書入門.comに出会いました。そして「 虐待する両親も敬わなければいけませんか 」という質問に、まず①親と自分の間に 境界線を引きなさいということと、②親替えをしなさいということ が語られていました。
私は昔読んだことのある親よりも神に従いなさいという聖書の言葉に大きな慰めを得ていました。
「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。」
マタイ10章34節から39節
この時直感的に自分の本当の父は、神様に取って代わってくださると確信したのです。その神様が喜んでくださるためにも、 自分らしく生き生きとこの人生を歩むことは素晴らしいことだと思ったのです。
また人が死んだ後、天国でもう一度地上と同じような気持ちをもったままで会うことはないという御言葉にも大変慰められていました。
「復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。彼らは天にいる御使のようなものである。」
マタイ22章30節
キリスト教が私にとって最大の慰めになったのは神様が私の実の親に代わって父母となってくださるという思いがあったからでした。これこそ真の神の最大の存在意義なのだと思いました。私は幼い時から両親の喧嘩や、多くの転居、親戚に預けられることも幾度とあり、早く自立したいと思っていました。だからこの願いを果たすために一生懸命勉強し、会社に入ってからも経済を確保することで必死でした。安心した愛のある会話をすることができなかった両親との生活を、はっきりと嫌いだったと認め、しかし今家族と共に、自分は自分らしく生きるということを決意できた時、初めて私は他人の目が気にならなくなり、心の自由を手に入れることができました。
そうして私は今やっと 両親の墓に参る気持ちが芽生え、憎しみの気持ちを捨て去って、イエス様が復活する時には互いに協力して神様のために働きましょうねと心に思うことができるようになりました。
私が教会学校の子供たちに、「 あなたの父と母を敬え」という 御言葉を教える機会があったなら、 このように教えるでしょう。 「 父さんとお母さんが好きな人は、その気持ちを大切にして、ご両親を大切にしてください。しかし、もしお父さん、お母さんと一緒に話をすることも落ち着かない気持ちになる人は、きっと必ずその気持ちが取れる日が来るだろうということを信じてください。そして誰でも神様をお父さんと呼び、困ったり悩んだりした時に助けていただくことができるということを信じてください。皆さんが成長してから一人立ちする時、神様は永遠のホッとする気持ち( 自由)を与えてくれるでしょう 。」 と。