「イエスは彼
ヨハネ13-7
神の計画や意図が信仰の視点から人々には理解できないが、将来的には明らかになるということがあります。私たちが現在直面している出来事や状況が、神の計画の一部であると信じるものは幸いだとおっしゃるのです。
幼い頃から自分の存在を否定され、心の拠り所を求めて、親や周囲の人のご機嫌を取り続け、他人の心の重荷を負い続けてやがて自分自身の心が崩壊する時も迎えることがあります。怒りを爆発させ、周囲に攻撃を加えることもあれば、周囲との接触を断って、アルコールや異性関係に依存し、最悪の場合は自殺という手段を選ぶこともあるでしょう。もしこの時に、傷ついた心を受け取ってくれる人が周囲にいなければどうなってしまうでしょうか。
実は世の中の多くの偉人が幼い時このような精神的に不安定な状態を過ごしていたということを知るのは意味のあることかもしれません。夏目漱石、 太宰治、川端康成、 ヘミングウェイ、ヘッセなどの文学者はその作品の中からでさえ、自分自身の人生に現実に起こったこれらの出来事から引き起こされる傷ついた心を、十分に読み取ることのできるでしょう 。
特に ヘルマン・ヘッセの人生は私の多くの興味を引きました 。彼は父親が牧師、母親が宣教師という大変厳格な家庭に過ごしました。当然神学校に進むべきという期待を背負わされ、現実に神学校に入学するが、ある日行方をくらましてしまいます。憔悴しきった姿で見つけられた彼は知り合いの牧師の家に預けられましたが、牧師の家で仲良くなった片思いの娘に付き合いを断られ、自殺未遂騒ぎを起こします。
両親は精神病院に入れようとしたが、医師の勧めで重度の知的障害の子供の施設に入れられることになりました。 当初彼は死んでやると怒りましたが、日が経って規則正しく生活をし、重い障害を持つ子供たちの世話をしたり、庭仕事を手伝ったりすることに安らぎを覚えるようになりました。 その後、不安定な生活は続きますが、学業を諦め、書店員になって働き、毎日のように交わしていた両親との手紙の中で、良いことも、悪いことも、ありのままの自分を知らせるようになりました。しかしその書店でも行方不明の騒ぎを起こします。 父は我が子に期待をかけることを諦めました。実家で暮らすことになったヘッセは祖父が残した多くの本を読み喜びを味わいます。 そして作家になりたいと言い出しました 。そんな時今までの人生とは 毛色の違った時計職人という仕事で働き出しました 。
規則正しい生活は彼に心の余裕をもたらしました。そしてもう一度書店員を自ら選び取り、創作を続け出版のチャンスに巡り合うのです。
彼に必要だったのは大学の高度な教育ではなく、第三者の介入を退け自分らしく生きることを自ら選択する道でした 。しかもそこに至るまでの困難に満ちた人生を経験することは、「 車輪の下」を創る上で重要な非常に重要だったことでしょう 、決して我が子を捨てることなく手紙を書き続けた両親の存在は確かに彼を支えたことでしょう。しかしもう一つ、自分の日常の生活の中に喜びを見出し、自分らしさに目覚めるに至ったことが彼を立ち直らせる大きな要因だったと思うのです。
このような物語は人間の介入がなくなった時、そして神の導きが成し得るとき初めて起こることだと思います。