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黙52「黙示録20-7~11」スティーヴンス栄子オメガバイブルスタディー受講メモ

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今回のオメガバイブルスタディーは、千年王国で再建される神殿と黙示録20章7節からの千年王国の最後に起こることの学び。
千年王国で神殿が再建される。ソロモンの神殿に神様の栄光、シャカイナグローリーが入ってこられた。ソロモンの神殿に現れたシャカイナグローリーは、イスラエルの偶像礼拝で心を痛めていらっしゃったが、ずっとご臨際なさっていた。しかし、ついにエゼキエル書9章から11章にかけて、神様の栄光が神殿から去っていった。神殿の東の門から神様の栄光が去った後、バビロンが神殿を破壊した。そしてダ王朝に終止符が打たれた。この時から異邦人の時が始まった。イエスキリストが到来なさったのは、異邦人の時と呼ばれる時代である。

 

エス様はルカの福音書21章24節で異邦人の時が終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされますとおっしゃった。異邦人の時が終わるのが御再臨の時である。御再臨の後、再びダビデが王となり、そして神殿も再建される。そして再びシャカイナグローリーが現れる。

 

エゼキエル書43章1節と2節、彼は私を東向きの門に連れて行った。するとイスラエルの神の栄光が東の方から現れた。その音は大水のときのようであって、地はその栄光で輝いた。

バビロンが紀元前605年に襲ってきた時も、597年に襲ってきた時も、彼らは神殿を破壊していない。しかし、2度目に襲ってきた後、イスラエルの民が偶像礼拝をやめない故、シャカイナグローリーが神殿から出てきた。シャカイナグローリーは東向きの門から出ていかれた。現在、黄金の門と呼ばれている門である。シャカイナグローリーはゆっくりと後ろ髪が引かれるような思いで去っていかれた。このシャカイナグローリーは、バビロンから戻って再建した第2神殿には戻らなかった。現在、第3神殿が間もなく立つという噂が流れているが、第3神殿は神様が再建される神殿ではなく、反キリストが世界を納得させて第3神殿を立てると考えられる。しかし、メシア王国で新しく建設される神殿は、主によって建てられる神殿です。

 

エゼキエル書44章1節と2節。彼がわたしを聖所の東向きの外の門に連れて戻ると、門は閉じていた。主は私に仰せられた。この門は閉じたままにしておけ。開けてはならない。誰もここから入ってはならない。イスラエルの神、主がここから入られたからだ。これは閉じたままにしておかなければならない。
2節でこの門は閉じたままにしておかなければならない。ソロモンの神殿から去っていかれた同じ東の門からシャカイナグローリーが入ってこられる。そして、シャカイナグローリーは再び出ていくことはないことを象徴して、東の門は閉じられる。世界中からシャカイナグローリーを求めて人々が捧げ物を携えてエルサレムに登る様子が浮かんでくる。エゼキエル書では、メシア王国で生贄が捧げられている。千年王国ではほとんどの人々が死を経験していない。神の子羊として全人類のために生贄となられ、罪のない神様ご自身が罪を背負って死なれたことは、メシア王国で生まれた者たちには理解しがたいことである。故に、罪を犯した者が生贄を捧げ、動物の死を通してイエスキリストの贖いの尊さを知るのである。現在は死亡率100パーセントの時代ですから、聖餐式だけで十分に理解することができる。それでは、千年王国の終わりに起こることの学びに入る。


黙示録20章7節から10節、しかし、千年の終わりにサタンはその牢から解き放され、地の四方にある諸国の民、すなわちゴグとマゴグを惑わすために出ていき、戦いのために彼らを召集する。彼らの数は海辺の砂のようである。彼らは地上の広い平地に登ってきて、聖徒たちの陣営と、愛された都とを取り囲んだ。すると天から火が降ってきて、彼らを焼き尽くした。そして、彼らを惑わした悪魔は火と硫黄の池に投げ込まれた。そこは獣も偽預言者もいるところで、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。

7節で千年の終わりにサタンはその牢から解き放される。8節で地の四方にある諸国の民、すなわちゴグとマゴグを惑わすために出ていき、戦いのために彼らを召集する。千年間閉じ込められていたサタンは、以前、異常の威力で諸国の民を惑わし、神様に戦いを挑む。ここに書かれているゴグとマゴグは、エゼキエル書38章に書かれているマゴグのゴグとは違う。ゴグとは王の名称である。エジプトの王をパロと言うように、マゴグの王をゴグと言う。黙示録20章8節に書かれているゴグとマゴグは、エゼキエル書38章に書かれている国とは異なった国だと考えられる。マゴグはカスピ海と紅海の間にある国を表している。サタンが千年王国の最後に諸国の民を召集する場所が同じ場所かもしれない。8節に彼らの数は海辺の砂のようであるという無数の人々が、サタンが解放されると同時に神様の敵側に付く。千年間サタンの誘惑なしで誠の平和を経験したが、百歳未満の人々は誠の信者になっていない者が多くいるのだと考えられる。千年王国では若者たちと言える反抗期の人々であろう。9節で彼らは地上の広い平地に上ってきて、聖徒たちの陣営と愛された都を取り囲んだ。聖徒たちの陣営はエルサレムであると考えられる。


イザヤ書2章2節と3節に、終わりの日に主の家の山は、山々の頂きに堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち、全ての国々がそこに流れてくる。多くの民が来て、さあ、主の山、ヤコブの神の家に登ろう。主はご自分の道を私たちに教えてくださる。私達はその小道を歩もう。それはシオンから御教えが出、エルサレムから主の言葉が出るからだ。
このように預言されているから、今のエルサレム千年王国エルサレムは随分地形が違う。現在は、エルサレムのモリヤの山はオリーブ山よりもヘブロンの山よりも低い。しかし、千年王国では、主の家の山は山々の頂きに堅ち、丘々よりもそびえ立ち、
ということは、モリヤの山が一番高くなる預言である。おそらく黙示録16章18節の最後の災難である第7の鉢で、すると、稲妻と声と雷鳴があり、大きな地震があった。この地震は、人間が地上に住んで以来かつてなかったほどのもので、それほどに大きな強い地震であった。おそらくこの時に地形が変わったと考えられる。エゼキエル書42章によると、神殿の敷地は約1.6キロ平方メートルだから、平らで大きな場所が神殿のために供えられる。その広々とした神殿の周りのエルサレムが聖徒たちの陣営となっていると考えられる。サタンとサタンにつく者たちがそこを襲う。

 

同じく黙示録20章9節で、すると天から火が降ってきて彼らを焼き尽くした。戦いはありません。彼らが襲ってくると同時に神様が戦われて彼らを焼き尽くされます。

10節で彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。これは最後の場所で、再び解放されることはない。そこは獣も偽預言者もいるところで、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける。御再臨の時の最後の戦いで敗北した獣である。反キリストも偽預言者も千年早く火と硫黄の池に放り込まれる。こうしてサタンの最後の仕事が終わり、永遠に閉じ込められる。人間の世界で神様に反抗する者はいなくなった。また、霊の世界で人間を惑わす者は全ていなくなった。


黙示録20勝11節、また、私は大きな白い御座とそこに着座しておられる方を見た。地ちも天も、その御前から逃げ去って、跡形もなくなった。

神様の御臨在なさる白い御座以外は全てなくなっている。これは、天国と地球がなくなったのではない。以前ヨブに記されているような、サタンが出入りしていた汚れた天国はなくなっている。そして、神様に逆らう者がいた地球はなくなり、天も地も新しく清められた状態であると考えられる。

 

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