
今回のオメガバイブルスタディーは、バビロンの破壊について旧約聖書の預言と黙示録18章4節からの学び。前回、バビロンの極度の好色によって不品行にふけっていたバビロンの都が、ソドムとゴモラのように荒れ果てることを語った。ソドムとゴモラは、創世記13章10節に、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていたと書かれているエデンの園のようなところであった。ユダ7節に、また、ソドム、ゴモラ及び周囲の町々も、彼らと同じように好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて見せしめにされている。このようにバビロンも荒れ果てたソドムとゴモラのようになり、メシア王国では破壊されたバビロンの煙が永遠に立ち上る見せしめとされる。それは主に選ばれた有志たちによって完全に破壊されるからである。
エレミア50章1節から3節、主が預言者エレミヤを通して、バビロンについて、すなわちカルデア人の国について語られた御言葉、諸国の民の間に告げ、旗を掲げて知らせよ。隠さずに言え。バビロン、捕らえられたベルは辱しめられ、メロダクが砕かれた。
この像は辱しめられ、その偶像は砕かれた。なぜなら、北から1つの国がここに攻め入り、この地を荒れ果てさせたか、これには住むものもなく、人間から家畜に至るまで逃げ去った。2節でバビロンは捕らえられた。ベルは辱しめられ、メロダクは砕かれた。その像は恥ずかしめられ、その偶像は砕かれた。メロダクと呼ばれる人は、ネブカデネザル王の後継者だった人だが、2年後に暗殺されている。メロダクというのはヘブライ語である。シュメール語では、人間とすべてのものを創造した神をベルマルドックというバビロンの最も大切な神の名から来ている。ベルというのはバアルの神の名から来ていて、バアルは主という意味だから、この神を主バルドックと呼んでいたと考えられる。その偶像が砕かれたことが預言されている。3節で、なぜなら、北から一つの国がここに攻め上り、この地を荒れ果てさせたからだ。ここには住むものはなく、人間から家畜に至るまで逃げ去ったと預言されている。これは人類の歴史の中で成就したことがない。これは、これから起こる未来のことである。これは、北から1つの国がここに攻めのぼり、この地を荒れ果てさせたからだという主に選ばれた有志によって成し遂げられたのである。この有志たちが誰なのか、誰にもわかっていない。ショイバット神学者は、おそらく北アメリカのアメリカ人やカナダ人によるものだと考えている。生き残っている主の僕たちが、どのようにして通信をすることができ、一か所に集まることができるのかわからない。しかし、主がお集めになるのだから、間違いなく有志たちが集まり、心を一つにして、反キリストの本拠であるバビロンを滅ぼすことであろう。
黙示録18章4節と5節、それから、私は、天からもう1つの声がこういうのを聞いた。
我が民よ、この女から離れなさい。その罪に預からないため、またその災害を受けないためです。なぜなら、彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神は彼女の不正を覚えておられるからです。
4節で我が民よ、この女から離れなさいと言っているから、ユダヤ人がバビロンの中に、または彼らのビジネスの中に潜んで関わっている様子である。彼らは神様から選ばれている有志が到着する前にバビロンから出ていくことであろう。その罪に預からないため、またその災害を受けないためである。この時、ビジネスが繁栄しているため、また裕福で捨てがたい家や品々を持っているものが逃亡せずに残っていたのなら、バビロンの罪に授かって災害を受けてしまう。この災害は完全破壊である。
黙示録18章7節と8節、彼女が自分を誇り、好色にふけったと同じだけの苦しみと悲しみを彼女に与えなさい。彼女は心の中で私は女王、王の座についているものであり、やもめではないから悲しみを知らないというからです。それゆえ、1日のうちに様々な災害、すなわち死、病、悲しみ、飢えが彼女を襲い、彼女は火で焼き尽くされます。彼女を裁く神である主は力強い方だからです。
7節で彼女が自分を誇り、好色にふけったと同じだけの苦しみと悲しみを彼女に与えなさい。主はバビロンを襲っている選ばれた勇志たちに語っている。多くの殉教者を出し、その地で酔っていた彼女にその苦しみを戻しなさいという厳しい神罰がバビロンに注がれる。バビロンは心の中で私は女王の座についているものであり、やもめではないから悲しみを知らないと言うからである。
黙示録19章3節に彼らは再び言った、ハレルヤ、彼女の煙は永遠に立ち上ると賛美している。バビロンが破壊され、煙がのぼる姿は、メシア王国の千年間途切れることなく見せしめとなることであろう。見る人々が完全破壊の恐ろしさを見届けるのである。8節で1日のうちに様々な災害、すなわち死病、悲しみ、飢えが彼女を襲い、彼女は火で焼き尽くされる。彼女を裁く神である主は力強い方だからである。この戦いは1日で終わる戦いである。力強い主が勇志たちと戦われるからである。
黙示録18勝10節、彼らは彼女の苦しみを恐れたために遠く離れて立っていて、こう言います。災いが来た、災いが来た。大きな都よ、力強い都バビロンよ、あなたの裁きは一瞬のうちに来た。
力強いバビロンは一瞬にして、言い換えれば1時間で破壊された。ソドムとゴモラも同じように短時間で破壊されたことであろう。そして、四千年前に破壊されたその場所は、今日に至るまで草1本生えない荒れ果てたところとなって人々が眺めている。
黙示録18章11節から13節、また、地上の商人たちは彼女のことで泣き悲しみます。もはや彼らの商品を買うものが誰もいないからです。商品とは、金、銀、宝石、真珠、麻布、紫布、絹、緋布、香木、様々の象牙細工、高価な木や銅や鉄や大理石で作ったあらゆる種類の器具、また、日桂、香料、香、香油、乳香、ぶどう酒、オリーブ油、麦粉、麦、牛、羊、それに馬、車、奴隷、また人の命です。
11節で、地上の商人たちは彼女のことで泣き悲しむ。もはや彼らの商品を買うものが誰もいないからである。バビロンに友人や愛する者がいたことであろうが、彼らの悲しみは商品を買うものがいなくなったという悲しみだけである。12節と13節で、贅沢三昧していたバビロンの様子が7種類の品々に表されている。1つは宝石、2つ目は最高額の紫布や緋布、そして中国から輸入していた絹など。3つ目は象牙細工や高級な木で作られた装飾品や家具、4つ目は高級な香料、5つ目は高級なワインや肉の食物、6つ目は裕福な人々が使う動物、そして7つ目は人の命である。奴隷または人の命と新改訳に記されているが、文語訳やキングジェームズの訳では奴隷および霊魂なりと記されている。奴隷は贅沢品の1つとして考えられているが、魂は永遠の命に関わることを語っていると考えられる。誠の神様を信じるものも信じないものも、皆永遠の命を持っている。神様を信じて天国に行くのか、信じないでハデスに行くのか、それぞれの自由意思によって選ぶ。しかし、終わりの日の大バビロンは、世界中に神々に反抗させ、獣である反キリストとサタンを拝むように導き、従わないものを容赦なく殺していく。おそらく大患難時代は、最も多くの人々が神様に逆らって歩む時代であると考えられる。贅沢三昧しているバビロンの人々は、多くの奴隷を使っていることであろう。そのような時代は、他の歴史でも多くあった。しかし、サタンを父なる神とし、反キリストを偽の子なる神とし、偽預言者を聖霊の立場において、世界を偽りの三位一体で惑わすような時代は、大患難時代のみと考えられる。